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母の言葉
2006 / 04 / 25 ( Tue )
私の母は、私と弟の二人を産んでいます。
幸いなことに私が帝王切開で産まれたこと以外は順調に妊娠・出産したそうです。妊娠中もつわりはあったけど、寝込むほどではなく散歩したり編み物したりして気を紛らわせたよ、と言っていました。


なので、私の今回の流産を通して母も私と同じことを考えたそうです。

流産ってけっこう多いことなんだ! と。


私も本当にそれを痛感したんです。
直接的に「私も」という人はまだ妊娠した友人が少ないためあまりいなかったけど、友人の姉やら義姉やらが経験している…という話はかなり聞きました。同じように母もそういう話を多く聞いたんだそうです。電話するたびに「○○さんも流産したことあるんだって・・・」と報告してくれていました(笑)

やっぱり流産を経験した人が無事その後に出産している話ってすごく励みになるから。母もそれをわかって教えてくれていたようです。

妊娠のことをだれかれと早い段階でしゃべってしまった私なんですが、同じく母もしゃべってしまっていたようで(笑)流産後に「おめでとう!」といわれて「いや~実はダメだったのよー」という会話が繰り返されたらしく、その時に「実は私も昔ね」という流れになったそうです。母も長い付き合いの友達でも、知らなかったそうでやっぱりきっかけがないならわざわざする話じゃないからでしょうね。

母の友達は私の手術に夫が仕事を休んで付き添ってくれたという話を聞くと「なんてやさしい旦那さん!うちなんて私一人で病院行って手術受けて、帰りにスーパーで買いものして帰ったわよ!いい旦那さんねーー!」とうらやましがってたらしいです(笑)
やっぱり母の年代だとそんな感じなんでしょうか。夫の叔母さんも臨月まで畑仕事してたとかいってたしなぁ。タフだなあ!
もちろんその母の友人は3人子供を産んでおります。たぶん間で流産したんだろうと思われます。

私が流産の手術をするとき、父や父のほうの祖母たちは母に「ピーニャのところにいってあげなさい!」と言ったらしいんですが、母は来ませんでした。

「あなたが来てほしいならもちろん飛んで行くけど
できればこれは夫婦ふたりで乗り越えてほしい。
これからもっともっとつらいこともあると思うから
一つ一つ二人で協力して乗り越えていってほしいと思ってる。」

と、母は言いました。
私も心配はあったけど寝込むような手術じゃないとわかっていたので「こなくていい」と断りました。

夫も同じ気持ちでした。

今もこれでよかったと思っています。
それでも毎日心配して電話してくれていたんだけどね(^^)
術後でもなにかあればすぐに行くよ!と言ってくれていたその気持ちだけで十分支えになりました。今は離れているけどすぐに来てくれるっていう感覚だけで。

一ヵ月くらい後に母が仕事の用事で関西に来ることがあり、うちによってくれました。もう体調は万全だったし、気持ちもかなり落ち着いていたので二人で京都見物したりして楽しく過ごせたのですが、母が実家に戻った後の電話で「なんとなく元気がなかったね」といっていたのです。
私はまったくそんな自覚がなかったし、夫に聞いても「そうかな?」といっていたんですが(笑)やっぱり離れているからこそ久しぶりに見てわかるような感覚だったのかと思います。
「まだ1ヶ月なんだもんね、すぐに元通りじゃないよね」といってくれたのがちょっとぐっときました。早く元通りに!ってあせりすぎてたかなーと。自分でも忘れていたけど、まだ1ヶ月しか経ってないんだなって。早く元通りになるために、今はゆーーーっくりしてやろう!とそのときから思いました。

…とはいえ、さすがに今はもうなんともないはずなのであんまりゆっくりしてるのもなぁと思う今日この頃ですが・・・
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テーマ:流産後のこと - ジャンル:結婚・家庭生活

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